昨日のNHKスペシャルは津波について取り上げていました。
それも「黒い津波」。
8年前の東日本大震災で東北地方を襲った津波は、一般の海水と異なり、黒い成分を含んでいたというのです。
それによって被害の大きさも拡大したということ・・
今回はその内容について番組の流れに沿いながらレビューしていきたいと思います。
目次
街を襲った黒い波
冒頭では当時の津波の状況を撮影した映像が流されていました。
当初は比較的緩やかだった津波の勢いもすぐに大きくなっていき、ついには街全体を飲み込む濁流になりました。
その中で津波に巻き込まれてしまった方の姿をカメラは捉えていました。
道路に流れ込む波の高さはそれほどには見えないにも関わらず、映像に映る男性は逃げようと移動しながらも足をとられてしまい、何度も転んでしまう姿・・・
撮影している一般の方も「腰が立たないんだ」と悲しげな声を上げてしまいつつも、助けにいくことができない歯がゆさが伝わってきました。
専門家がこの映像を解析したところ、黒い波の高さは地面から50センチ程度で、男性の足には約70キロの重さがかかっていたといいます。
これは通常の海水よりも10%強い力になっており、このために水の高さがそれほどでもないにかかわらず、足をとられてしまい、避難できなかった可能性が高いということでした。
この男性はそのまま流されてしまい、亡くなってしまいました。
息子さんがインタビューを受けておられ「普通の水と違って、踏ん張りもきかないだろうし、泥の中にいるようなものだから、流れされてしまったり、転んでしまったのだと思う」と語っておられました。
黒い津波は通常の海水よりも重い。
そのことを体験から分かっておられるのでしょう。
最後に語られた言葉が胸を打ちました。
「二度と同じような犠牲を出してほしくない。とにかく何もかも捨てていいから、命だけは助かるように逃げないといけない。高いところに逃げればなんとかなる。車も何も捨てて財産なくても、命さえあれば元に戻れる」
黒い津波の脅威とは
街を襲った黒い津波の成分を分析した結果を受け、研究所ではある実験を行っていました。
通常の水と黒い津波の密度を再現した水(細かい粒子を入れて密度を10%増した)を同時に流し、そこで加わる圧力を調べようという試みです。
その結果、通常の水に比べて2倍の力が加わったことが判明しました。
水の密度が10%高いのだから、水流の圧力も10%程度に上がると想定したところ、それをはるかに上回る圧力がかかっていたというのです。
この理由は波の形にあるといいます。
通常の水の場合は波の先端がなだらかですが、黒い津波の水はせり上がるように進んでいました。
黒い波は細かい泥を含んでいるため、下の部分で地面との抵抗が生じます。
上の部分は抵抗が少ないため、後ろから来た波が乗り上げ、せり上がるのです。(以下、番組映像を見ながら書いた私のイラストです)
上が通常の水の波、下が黒い水の波
波が立ち上がるようになるため、破壊力が増すということ。
なだらかにゆっくりとぶつかっていけば、なかなか衝撃力は生まれないが、波面が切り立ってきて壁とぶつかることで(実験では水を壁にぶつからせて圧力を計測した)、強い衝撃力を生み出すという結果になったのです。
加えて浮力の大きさもクローズアップされていました。
実験で模型を通常の水と黒い津波と同じ密度の水に浮かせて、その浮力を計測しましたが、こちらも黒い津波の水に浮かせた模型のほうが簡単に浮かび上がっていました。
「液体の密度が高いほど浮力も大きくなる」
ということが分かったのです。
研究者によれば「一般的な木造家屋の場合は、2~3メートル浸水すれば流れることは分かっているが、黒い津波の場合は映像で確認する限り、1~1.5メートルくらいで流されてしまっている。流れることで別の建物も流れてしまうから、被害が拡大したのではないか」という推定がされていました。
海底に堆積した黒いヘドロ
震災の後に津波が発生した海域の底を調査する映像が流れていました。
震災前の調査では水深6メートルだったはずが、震災後の調査では13メートルにまで深くなっていたことが分かりました。
7メートルもの深さの海底を削り取った津波の脅威というべきでしょうか。
その底に堆積していたのは「黒いヘドロ」。
気仙沼湾全体で推定100万トンの海底が削り取られたといいます。
研究者の調査では、津波が海から湾に流れ込んだ際、湾の幅が狭くなっていく箇所で活き場を失い、通り道を作ろうと流れを強くします。
そのときに最も大きく削られたのが海底だということなのです。
津波は海の上だけでなく、海底をも動かす。
それが被害の拡大を招いたということでした。
中でも鹿折地区がもっとも大きな被害を受けており、街に侵入した津波は狭い市街地によって急激に水位を上昇させていったといいます。
鹿折地区に津波が到達したのは⇒午後3時29分48秒
大人の膝の高さ「50センチ」に達したのは⇒午後3時30分12秒
到達からわずか30秒足らずで水位は危険なレベルになっていたということが分かります。
実験で通常の水を使ったときに水位をシュミレートしてみると、黒い津波の半分の25センチということも判明しました。
ここから分かるのは、津波が襲ってきて避難するときは10秒、30秒というのが重要であり、とにかくすぐに逃げることが大切だというのが、体験者や専門家の一致した意見になっていました。
「津波肺」の恐ろしさ
黒い津波の脅威は水位だけにとどまりません。
その水に含まれる「ヘドロ」「重油」「砂」などが原因で死に至ってしまう危険もあるのです。
東日本大震災で検死を行った法医学者にNHKが行ったアンケートによれば、亡くなった遺体の多くは泥を飲み込んだことで窒息死に至った可能性が高いという結果が出ていたといいます。
一方で無事に生存しつつも、津波を飲み込んで「津波肺」という疾患にかかってしまった被災者も多いといいます。
津波肺というのは、
油や化学物質などを含んだ津波を吸い込むことで起こる重い肺炎
という症状です。
黒い津波に含まれる粒子の大きさは、小さいもので「4マイクロメートル」という極小サイズ。
これは肺の奥深くに達する細かさだといいます。
番組では以下のように「津波肺」に至る過程を説明していました。
鼻や口から吸いこまれた津波
↓
気管を通り、肺に入り込む
↓
(黒い津波に含まれる極小の粒子は)通常は異物の入ることのない末端部分の肺胞にまで達する
↓
肺から水分が抜けても、黒い津波の粒子は残り続ける
↓
炎症を広げる
加えて医師は「肺を水で洗い流せば、さらっと出てくるものではなく、極端に言えば、ブラシを入れて擦らない限り出てこない可能性もある」と語っていました。
実際に震災で津波を飲み込んでしまい、津波肺にかかってしまった方の一人は、通常は長くても一か月で治る肺炎が、3か月以上の入院を余儀なくされ、後遺症も残っているといいます。
その方は、
「呼吸が苦しい。浅い呼吸なので」
とインタビューで津波肺の怖さを語っておられました。
さらに津波が引いた後にも、残った細かい粒子が被災地を数か月に渡って覆ったともいいます。
いわゆる「粉塵」によって肺炎にかかった方もおられ、黒い津波を飲み込んだ「津波肺」と同じ症状に至るというケースもあるようでした。
当時の被災地の写真を見ながら、津波肺にかかってしまった女性は次のように語っていました。
「土の色が黒かった。びたっとくっついている感じ。それが風で舞い上がる。とにかく臭い。ヘドロのような感じ。それが肺に入ったんだと思う」
まとめ
重くヘドロや有害物資を含んだ黒い津波。
一年前にも同じNHKスペシャルで津波の特集が組まれていて、その内容もレビューしましたが、あのときは河川の津波の恐ろしさでしたね。
今回は「黒い津波」と、震災後も残る「黒い粉塵」による後遺症。
単なる濁流の被害だけでなく、人体にも大きな影響を及ぼすということを初めて知り、かなり衝撃を受けました。
逃れようのない自然災害だとしても、これは恐ろしいです。
少しでも防ぐ手立てがないものかと、番組を見ながら真剣に考えてしまいました。
黒い津波が発生する可能性があるのは「入り組んだ地形」だといいます。
東日本大震災による津波で大きな被害を受けた地域が、湾になった市街区域だったことも、それをに如実に示しています。
特に都市部の港湾地帯にその可能性が高いということ。
埋立地を縫うように水路が張り巡らされたそうした場所では、入り組んだ場所に到達した津波が水流を急激にしつつ、海底のヘドロをすくいあげながら街に侵入してしまうので、東日本大震災の被害が再び懸念されてしまうということ。
そうした地域に想定された区域の関係者が対策会議を行っていましたが、そういった地域は日本全国にまだまだあると思います(特に太平洋沿岸地域)
街の防災計画は国や行政に任せるしかありませんが、一般人の我々ができることは「とにかく津波がきたら、高台に逃げること」に尽きます。
前回の記事で取り上げた歴史学者の磯田道史さんの著書「天災から日本史を読みなおす」でも、過去の津波体験者の言葉はまったく同じでした。
-
-
【津波・地震】歴史と天災、ドローンが果たす災害救助の可能性について
続きを見る
番組の冒頭で映し出された津波に巻き込まれた男性も、一度高台に避難したにも関わらず、店の状態を確認するために戻ってしまい、そのときに津波と出会ってしまったといいます。
息子さんもそのことを悲しみ、津波がきたらすぐに高台に逃げる、財産も何も可も捨てて、とにかく命を惜しむこと、と語っておられたことを、番組が終わってから再び自分の中で噛み締めていました。
私の住む地域も比較的海に近い位置にあるため、津波が来たらすぐに避難する必要があります。
家でいても、外にいても、とにかく高台に逃げる。
近くに山がないときは、頑丈で高い建物に一時避難するという臨機応変さが求められるのでしょう。
そのためにも普段から自分の住む地域を散策し、いざというときの防災マップを自分や家族で共有すること。
どうか皆さんも、自分や大切な家族、ペットの命を守るためにも、日頃から避難場所を確認するようにしておいてください。
いざという時に身を守るのは自分や周りにいる人たちだけですから・・