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【実体験】地震による建物倒壊の原因は地盤の強弱だけではなかった!

投稿日:2019年7月24日 更新日:

阪神淡路大震災で経験した話です。

マグニチュード7.3、震度7の直下型大地震で、多くの家屋や建物が倒壊しました。

私が住んでいた家もほぼ全壊して、ご近所さんの家々も軒並み全壊状態でした。

前日から私は友人のところに遊びに行っていて、そこで被災したのですが、そこでは壁の一部がはがれたくらいで、建物そのものが倒れるということはありませんでした。

しかし、帰路に向かううちに、倒壊している多くの家屋を目にして「こんなに状況が違うのか・・」と絶句したこと。

その理由は直感ですが「地盤の違い」だとそのとき思いました。

今回はそのことについて、当時の実体験に基づいて考察していきたいと思います。

震災で目にした家屋の倒壊

当時に私が住んでいた家は神戸市灘区と東灘区の境目にあたる場所でした。

国道が近くにあり、街全体で見れば山と海との真ん中あたりに位置する場所にあったと思います。

もともと神戸は山から海への距離が近いので、よほどどちらかに直面していない限りは、山と海の中心付近に多くの住居が集中しているといっても良いでしょう。

震災前日、私は友人の家に遊びにいっていました。

その友人の家は神戸市内でも比較的「山側」に近い場所にあり、私の自宅から徒歩で20分ほど北に上った場所にあったのです。

そして迎えた運命の瞬間。

1995年1月17日午前5時46分52秒、神戸市を含む阪神淡路間で震度7を超える巨大地震が発生したのです。

その時の詳しい体験は「20年前の震災体験」という形で記録に残していますので、よければそちらをご覧ください。

⇒【災害体験】20年前の阪神淡路大震災で体験したこと、感じた事

とにかくその時に受けた地震の揺れは強烈で、部屋全体が大きく横に揺れたかと思いきや、縦に強い衝撃がきて一気に部屋の電気が消えて真っ暗闇になりました。

慌てて友人らと無事を確認しあい、手探りで外にでたのですが、外壁やブロック塀は多少崩れていたりするものの、揺れで感じたほどの被害はパッと見られませんでした。

その後、自宅が心配になって帰路に立ったのですが、南の方向に進むつれて(山側から海側)建物の倒壊の被害のレベルがより激しくなっていたことに驚愕しました。

私の家が小さく目で確認できる街路の端にきたとき、その驚愕はさらに大きなものになったのです。

辺り一帯がまるで空襲にあったように平らになっていたこと。

正確には半壊の家屋や、瓦屋根が崩れただけで家屋そのものが無事だった家もいくつかあったのですが、ほぼ大半の住んでいた区域の建物が倒壊してなぎ倒されている姿が強烈に目に飛び込んできたのでした。

「これは家族は生きていないに違いない」

一瞬でそう悟り、私は重い足取りで自宅に向かって歩きました。

進むにつれて、子供の頃から過ごしてきた馴染みのある風景がすべて崩れ去り、瓦礫の山に変化していた光景に言葉を失いながら自宅前まで辿り着きました。

ここからは先ほどの震災体験記を読んで頂きたいと思います。

こうして目の当たりにした家屋の倒壊のレベル差が「山側の家は崩れない、海側に近い家はほぼ倒壊していた」という実感につながっていったのでした。

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データから読み取る地盤の強弱・地震の被害レベル

兵庫県南部全体を襲った地震ですが、上記の体験で感じたように「山側は海側よりも地盤が固い。だから震災の被害が小さい」という漠然とした考えを当時から最近に至るまで持っていました。

実際に山側にあった区域はほとんど家屋の倒壊がなかったのですし、南に近づくにつれて瓦礫の山と化している惨状を目の当たりにして、その考えは確固なものになったのは間違いありません。

しかしよく調べてみると、単純に「山側の地盤が固かったから、地震の被害は小さかった」と言い切れるものではないということが、次のデータから読み取ることができました。

出典:ジャパン・ホームシールド株式会社

地盤サポートマップというサイトからの地図です。

黒丸が強い地盤、緑丸がやや強い地盤、青丸が普通の地盤、ピンク丸が弱い地盤、となっています。

これを見ると、当時の私が住んでいた地域は、決して「弱い地盤」ではなく、むしろ「やや強い地盤」に位置していることが分かります。

加えて山側にも「弱い地盤」がいくつかあって、決して山に近いからと言って「地盤が強い」とは言い切れないことが分かります。(もちろん強い地盤が多いことも事実です)

そしてこちらの資料にも、それを補足する情報が公開されていました。

この大きな揺れを明らかにするために、この神戸市東灘区付近の地下構造を人口地震の反射法探査によって調べた。その結果、基盤岩が南側に2段階で1,000mも落ち込んだ逆断層構造がわかった。

この地下構造、すなわち、神戸市の山麓から平地にかけて断層によって南側が急に落ち込んだ地下の構造が、地震波を市街地の狭い範囲に集中させ、阪神大震災で震度7の「震災の帯」をもたらしたというのである。

教育資料「兵庫県南部地震」:大阪府教育センター科学教育部理科第二室地学

つまり、山麓から平地にかけて落ち込んだ地下断層によって、市街地の狭い区域に地震波が集中してしまい、激しい揺れをもたらした、ということになります。

必ずしも単純に山側の地盤が固いから揺れが少なく、緩い海側は揺れが激しかった、とは言い切れないデータと調査結果の実態でした。

まとめ

震災体験で肌で感じた「山から海側への地震の揺れへの被害の大きさ」の調査レビュー。

ネット上の公開情報を基に改めて詳しく調べてみましたが、必ずしも「山側だから安全」とは言い切れないことが分かりました。

特に地図データマップは地盤の強弱を視覚的に把握できたので、かつて住んでいた区域の被害の実態を調べるのにかなり役立ちました。

大学の地質学の報告では、地下断層の構造が地震の揺れの増幅をもたらしたということになっていて、これも地盤の強弱が地震の揺れに関係しているという私の実感に新たな知見をもたらしてくれたと思います。

もちろん、マップ上で山側の地盤が固い地域が多いのも確かです。

その意味ではデータも正解ですし、風聞や自分の体感もあながち間違いではないのかもしれません。

少し前に磯田道史氏の「天災から日本史を読みなおす」でも、古くから言い伝えられている教えが後の自然災害にも役立ったという例が多々取り上げられていましたので、決して「人の記憶」は軽視してはならないのでしょう。

⇒【津波・地震】歴史と天災、ドローンが果たす災害救助の可能性について

最新データと古くから伝わる伝承。

この2つの「情報」を上手く組み合わせながら、これからの防災計画に取り組んでいきたいと思います。

【その他の震災体験レビュー】

⇒【大阪北部地震】職場でも揺れた!!震度4弱でも恐怖を感じた瞬間!

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